공유

第1話 冷たい朝の公爵夫人②

작가: なつめ
last update 게시일: 2026-06-24 15:07:04

 衣装は朝の執務にふさわしい落ち着いた青灰色のドレスを選んだ。胸元も袖も控えめだが、仕立ては良く、動くたびしなやかな艶が浮く。耳には小粒の真珠。首元はあえて飾らない。重たい宝飾は、このところ少し息苦しかった。

 コルセットを締められると、細い肋骨がぎゅうと内へ押され、胸の痛みが鋭く走った。

「……っ」

 ごく短く漏れた息に、若い侍女がぎくりと顔を上げる。アイダはすぐに手を緩めた。

「申し訳ありません。締めすぎました」

「いいえ、わたくしが浅く息を吸っただけよ。もう少しだけ緩めていただけるかしら」

「もちろんでございます」

 アイダの指先が、何も言わずに力を調整していく。その手つきの確かさに救われる一方で、リュゼリアは若い侍女たちの視線を感じていた。

 具合が悪いのかしら。奥様はまた痩せられた。そういう無言の気配は、視線の温度だけでわかる。

 だが、それ以上の同情はない。

 彼女たちにとってリュゼリアは、やさしく美しいが、どこか頼りない主人なのだろう。絶対的な権力を持つ当主ヴィルレオに比べれば、屋敷における発言力も、叱責の鋭さも、何もかも淡い。だからこそ扱いやすい半面、軽んじられもする。

 朝の支度を終え、リュゼリアが食堂へ向かうころには、廊下の大時計が七つを打とうとしていた。石造りの長い廊下はまだ冷え、窓辺のガラスは曇っている。外では庭師が剪定の準備をしているのか、枝の擦れるかすかな音が風に混じって届いた。

 食堂の扉が開かれると、温かなスープの匂いと、磨き上げられた銀器の鈍い光が迎えた。

 長い食卓の上には白いクロスが隙なく張られ、朝の光を受けたグラスが淡く輝いている。いつ見ても完璧な光景だった。けれど、その完璧さの中心にあるべき夫婦の温度だけが、いつも足りない。

 ヴィルレオはすでに席についていた。

 黒髪は後ろへ整えられ、濃紺の上着の襟元まで一分の隙もない。朝の光を受ける横顔は、彫像のように端正で冷たかった。深い青灰色の瞳は新聞ではなく、今日の予定を記した書類に落ちている。彼はリュゼリアが入ってきた気配に気づいたはずだったが、すぐには顔を上げなかった。

「おはようございます、旦那様」

 先に声をかけたのはリュゼリアのほうだった。

 その声に、ヴィルレオがゆっくりと視線を上げる。

「……おはよう」

 低く、落ち着いた声。よく通るのに、体温だけが抜けているような声だった。

 それでも、リュゼリアはその一言のために毎朝きちんと挨拶をする。返ってこない日もある。今日のように短くても返る日は、少しだけましな朝だと思う自分がいる。

 椅子を引かれ、彼の斜め向かいに腰を下ろす。真正面ではない。真正面に座った時期もあったが、会話の少ない夫婦には向かい合う距離のほうがかえって残酷だった。いまの位置は、いつの頃からか自然に定着したものだ。

 スープが注がれ、焼きたてのパンが並べられる。ポタージュから立ちのぼる湯気に、甘い根菜の匂いが混じっていた。温かな香りに空腹を思い出すより先に、胃の奥がひくりと縮こまる。最近は、食事の最初のひと口がどうにも苦しい。

「今朝のスープは蕪だそうです。とてもよい香りですね」

 沈黙を破るためというより、沈黙の角を少しでも丸くするために、リュゼリアは穏やかに言った。

 ヴィルレオはスプーンを置きもせず、短く頷く。

「ああ」

 それだけ。

 もう少し何か続くかと待つことは、ずいぶん前にやめた。それでも、会話が途切れたあとの静けさはいつも、食堂を必要以上に広く感じさせる。

 リュゼリアはスプーンを取り、スープを掬った。湯気が顔にかかる。蕪のやさしい甘みと、丁寧に煮出された鶏の旨み。舌に触れた温度は心地よいはずなのに、飲み下す瞬間、喉の奥でわずかに引っかかる。咳き込みそうになるのを、唇を閉じて耐えた。

「……今夜は戻りが遅くなる」

 不意にヴィルレオが言った。

 リュゼリアはスプーンを置き、顔を上げる。

「王城で会議がございますの?」

「北方の関税について報告を受ける。その後、軍部とも話す」

「そうでしたの。では、夕食は先に下げさせますね」

「いや」

 短い否定に、彼女は一瞬だけ目を瞬いた。

 ヴィルレオはナイフとフォークを置く。その指先は大きく、節がはっきりしていて、剣を握る者の手だった。冷たい印象とは裏腹に、その手だけは妙に生々しく見えると、リュゼリアはときどき思う。

「遅くはなるが、食堂は開けておけ」

「……承知しました」

 それが、「一緒に食べる」という意味なのか、「自分のために用意しておけ」という意味なのか、彼の言葉はいつも曖昧だ。尋ねれば済む話なのかもしれない。けれど、尋ねた結果、余計な期待だったと知るのが怖くて、リュゼリアは三年間、その曖昧さに触れずにきた。

「本日は帳簿の確認と、午後にラズウェル伯爵夫人がご挨拶にお見えになります」

「ああ、聞いている」

「春の慈善茶会の件も、ご相談なさりたいとのことでした」

「任せる」

 それは信頼の言葉でもある。少なくとも、対外的な催しにおいて彼はいつも彼女の判断に口を挟まなかった。リュゼリアが失敗しないと知っているからだ。

 だが、任せる、という言葉のなかに感謝や労いが混じることはない。

「かしこまりました」

 微笑んで頷くと、ヴィルレオの視線がほんの短く彼女の顔を掠めた。

「顔色が悪い」

이 작품을 무료로 읽으실 수 있습니다
QR 코드를 스캔하여 앱을 다운로드하세요

최신 챕터

  • 余命半年なので家を出たら、冷徹公爵が全部捨てて追いかけてきました   第30話 隠されていた診断書③

    「……いつだ」「王都にて、奥様が夕食の席で倒れかけた翌日でございます。奥様付きの医師と侍女頭に確認を、と」 記憶の底に、薄い影が浮かぶ。 あの日、彼は何と言った。 多忙だった。王宮からの呼び出しが続いていた。取引の問題もあった。リュゼリアの体調について、医師が診ているならそれでよい、と短く返した覚えがある。 そこで止めたのは自分だ。 クラウスではない。 ヴィルレオは手を握り込んだ。 爪が掌へ食い込む。「そうか」 それだけを言うのが精一杯だった。 クラウスは責めなかった。 その沈黙がかえって重い。「旦那様」 やがてクラウスが静かに言った。「今からでも、できることはございます」「……ああ」「すぐに手配いたします」 クラウスが出ていく。 扉が閉まると、部屋の中にはまた雨音だけが残った。 ヴィルレオは机の上の診断書を見つめた。 摂取物の精査を要す。 その一文は、ただの疑いにすぎない。 まだ何も確かではない。 それでも彼には、リュゼリアが毎朝何の疑いもなく薬を飲み、茶を口にし、苦しみを病の一部として受け入れてきた姿が浮かんでしまう。 奥様のためです。 よく眠れますように。 咳が楽になりますように。 そんな言葉の下で差し出されるものを、彼女は拒めなかっただろう。 いや、拒む理由を持たされていなかった。 彼女はいつも、与えられた苦しみに名前をつけるのが遅かった。 冷たい沈黙を、夫の多忙だと思おうとした。 孤独を、妻としての務めだと思おうとした。 身体の異変さえ、病なのだから仕方がないと飲み込もうとした。 その従順さにつけ込んだ者がいるのなら。 あるいは、悪意ではなくとも、彼女の身体を軽んじ、眠らせておけばよい、静かにさせておけばよいと考えた者がいるのなら。 ヴィルレオの中で、低く冷たい怒りが音もなく広がっていった。 怒鳴り散らすような怒りではなかった。 もっと重く、もっと底冷えのするものだった。 だが、その怒りの奥に、どうしようもない恐怖がある。 もし、本当に何かが混じっていたとして。 もし、それが彼女の命を縮めていたとして。 その時間は戻らない。 奪われた食欲も、眠らされて失われた夜も、脈の弱りも、咳の深まりも、彼女が「自分の病だから」と受け入れてしまった苦しみも。 戻らない。 ヴィルレ

  • 余命半年なので家を出たら、冷徹公爵が全部捨てて追いかけてきました   第30話 隠されていた診断書②

     ヴィルレオの指先が、紙を強く押さえた。 紙は薄く、破れそうだった。だが力を緩めることができない。 なぜ消えた。 誰が消した。 医師が自ら判断して削ったのか。誰かに求められたのか。あるいは、正式な診断書が屋敷の中を通る過程で差し替えられたのか。 問いが一気に立ち上がる。 そして、そのどれもが、リュゼリアの咳へ繋がっていく。 夕刻以降の傾眠傾向。 そういえば、王都にいた頃のリュゼリアは、夜になるとよく眠っていると報告されていた。体が弱いから。疲れやすいから。薬が効いているから。そんな説明を聞いて、それ以上考えなかった。 食が細いことも、病のせいだと思っていた。 顔色が悪いことも、病のせいだと思っていた。 指先が冷えていることも、歩く速度が落ちていることも、夕食の席で時折言葉が途切れることも、全部、病のせいだと。 病は確かにあった。 それは疑いようがない。 けれど、もし。 もし、その病の影に隠れて、別のものが彼女の体力を削っていたのだとしたら。 彼は椅子から立ち上がった。 急に立ったせいで、椅子の脚が床をこすり、低い音がした。控えの間にいたクラウスがすぐに扉を叩く。「旦那様」「入れ」 クラウスが入ってきた。 夜更けにもかかわらず、その身なりは乱れていない。いつ呼ばれても動けるようにしていたのだろう。彼はヴィルレオの顔を見るなり、ただ事ではないと悟ったらしく、余計な挨拶を省いた。「何かございましたか」 ヴィルレオは机の上へ二枚の診断書を並べた。「読め」 クラウスは静かに近づき、まず正式な診断書へ目を走らせた。次に、控えの紙へ視線を移す。 その目が、ほんのわずかに鋭くなる。「……こちらの一文が、正式な書面にはありません」「ああ」「摂取物の精査を要す、と」 クラウスの声は低かった。 ヴィルレオは机に手をついた。「王都の本邸に残っているものをすべて洗え。リュゼリアが飲んでいた薬、茶、蜜薬、食事に混ぜられていたもの、医師からの処方、薬局からの納品、侍女頭の記録、料理場の記録、全部だ」「承知いたしました」「明朝を待つな。今すぐ使いを出せ」 クラウスは一拍だけ黙った。 それは躊躇ではなく、必要な手順を頭の中で組み立てるための沈黙だった。「王都は雨です。夜間の馬車は危険ですが、馬を替えれば夜明け前には本邸へ通達

  • 余命半年なので家を出たら、冷徹公爵が全部捨てて追いかけてきました   第30話 隠されていた診断書①

     雨は、夜になっても止まなかった。 激しく叩きつける雨ではない。窓硝子に細い指を滑らせるような、静かな雨だった。けれど、その静けさがかえって館の中の音を際立たせる。暖炉の薪が崩れる音。遠い廊下を歩く使用人の足音。壁の向こうで扉が閉まる気配。雨粒が窓枠に溜まり、時折、小さくこぼれる音。 ヴィルレオは、そのすべてを聞いていた。 寝室へ戻れと言われたわけではない。誰も彼を咎めてはいない。けれど、リュゼリアの部屋の前にいつまでも立っているわけにもいかず、彼は隣の小さな控え室へ移っていた。 灯りは落としていない。 机の上には、未処理の書類が広げられている。王都の屋敷から運ばせた帳簿の写し、使用人の配置表、リュゼリアの療養に関する医師の報告書、別邸で必要な物資の一覧。 どれも目を通すべきものだった。 だが、文字はまるで紙の上で冷たく沈んでいるだけで、彼の頭へ入ってこなかった。 昼間のリュゼリアの咳が、まだ耳の奥に残っている。 細い身体が長椅子の上で折れるように前へ傾き、喉を裂くような咳をこらえ、呼吸を探していた。手を伸ばしかけた。けれど、触れていいのか、どう支えれば苦しませずに済むのか、それすらわからず、彼の手は途中で止まった。 結局、動けたのはアイダだった。 自分は立ち尽くしていただけだった。 何かしたいと思った。 けれど、何をすればいいのかわからなかった。 それは今に始まったことではない。ヴィルレオは、ずっとそうだったのだろう。彼女が苦しんでいた時、自分は何を見ればよいのかわからぬふりをした。何を聞けばよいのかわからないから、聞かなかった。どう触れればよいのかわからないから、触れなかった。 その沈黙を、冷静さだと思っていた。 今になって思えば、あれはただの怠慢だった。「ここへ来て、少しだけ生きている気がするようになったの」 夕方、リュゼリアはそう言った。 穏やかな声だった。 責める声ではなかった。 だからこそ、その言葉は刃になった。 王都の屋敷で、彼女は生きている気がしていなかったということだ。夫のいる家で、夫の名を冠した屋敷で、妻として暮らしていたはずの時間の中で。 彼女は、ただ削られていた。 雨音が、窓を薄く叩く。 ヴィルレオは机の上の紙を一枚取った。目を通していない書類の束から、偶然指に引っかかっただけの封筒だった。

  • 余命半年なので家を出たら、冷徹公爵が全部捨てて追いかけてきました   第29話 消えない咳⑤

         ◇ その夜、雨が降った。 窓を細かく打つ、静かな雨だった。嵐ではない。だが、春の前の冷たい雨は、館じゅうの空気を少しだけ重くする。暖炉の火がいつもよりあたたかく感じられ、廊下を歩く人の足音まで湿りを帯びるようだった。 リュゼリアは寝台へ移されたあとも、しばらく眠れなかった。 雨の音を聞きながら、胸の奥に残る咳の痕を感じていた。今日は昼にも強く咳き込んだ。朝だけではなかった。明日はどうだろう。明後日は。そう考えかけて、やめる。 先を数えたところで、咳は止まらない。 ただ、こうして雨の夜にも自分が“怯えるだけではない”ことに、ふと気づく。 怖くないわけではない。 怖い。 咳が消えないことも、少しずつ食べられなくなっていくことも、疲れやすくなっていくことも。 けれど、それと同じだけ、自分はまだ花の咲くところを見たいと思う。明日の風が弱ければいいと思う。白いマーガレットの花弁がどこまで開くのか、青いネモフィラがどれだけ色を深めるのかを見たいと思う。 それは生きたいということなのだろう。 病が消えなくても。 体が確実に蝕まれていても。 その二つは、同時に存在できるのだと、ここへ来てからようやく知った。 部屋の隅では、アイダが静かに本を閉じた。「奥様」「何?」「おやすみになれそうですか」 リュゼリアは少しだけ考えてから、微笑む。「ええ。……今日は少しだけ」 アイダは寝台の脇へ近づき、掛布の端を静かに整える。「夜中に咳が続きましたら、すぐにお呼びくださいませ」「ええ」「遠慮なさってはいけません」「わかっているわ」 そう答えながら、以前の自分なら呼ばなかったかもしれないとリュゼリアは思う。 耐えられる程度なら、一人で耐えた。 誰かを起こすほどではない。 朝まで待てばいい。 そんなふうに考え、自分の苦しみをいつも小さく扱っていた。 だが今は、必要なら呼んでもいいと思える。 アイダは迷惑そうな顔などしない。 ミナも、医師も、館の侍女たちも、自分の咳によって空気を壊されたとは思わない。 苦しい時に苦しいと言っても、誰かの時間を奪った罪人にはならない。 それを知れたこともまた、この別邸で取り戻したものの一つだった。 雨の音は途切れない。 窓の外の花壇も、今は冷たい雨に濡れているだろう。 白い花弁は重みで

  • 余命半年なので家を出たら、冷徹公爵が全部捨てて追いかけてきました   第29話 消えない咳④

     咳の痛みが引いたあと、リュゼリアはゆっくり目を開けた。 窓の外は夕方に近い色へ変わっている。部屋の隅ではヴィルレオがまだ椅子に座っていた。彼は彼女が目を開けたのにすぐ気づき、身を起こす。「水は」「大丈夫」「熱は」「少し、落ち着いたわ」 そう答えると、彼はほんのわずかに息を吐いた。その安堵があまりにも露骨で、リュゼリアはかえって少しだけ困ってしまう。「旦那様」「何だ」「そこにいてくださるのはありがたいけれど」 言葉を選ぶ。責めたいのではない。けれど、その張りつめ方の中にいると、自分のほうまで余計に息が詰まりそうになる。「そんなに苦しそうなお顔をなさらないで」 ヴィルレオの眉がわずかに寄る。「していたか」「ええ」「……そうか」 それだけしか返ってこない。だが、それが彼なりの精一杯なのだろうともわかる。 リュゼリアは少しだけ目を伏せた。「咳が消えたわけではないの」「……」「ここへ来たからって、急に治るわけでもない」「わかっている」「ええ。頭では、ね」 その一言で、ヴィルレオが黙る。 そうなのだ。彼は頭ではわかっている。医師の説明も聞いている。余命半年という言葉も聞いた。けれど実際にこうして、穏やかな暮らしの中でなお咳が消えない現実を見せつけられると、身体のほうが受け止めきれていないのだろう。 リュゼリアはそのことを責められない。 自分ですら、こうして静かな館で花を見て、ひとり分の食卓で少しずつ食べ、土の匂いのする午後を知ってもなお、体が確実に蝕まれていることに時々ひどく驚くのだから。 穏やかさは、病を止めない。 ただ、苦しみの中で少しだけ呼吸をしやすくするだけだ。 それだけなのに、その“それだけ”がどれほど大きいかも、今の自分にはわかっている。「わたくし」 リュゼリアは小さく言った。「ここへ来て、少しだけ生きている気がするようになったの」 ヴィルレオが顔を上げる。「ええ。咳もするし、熱も出るし、立っていられない日もある。……でも、それでも、前よりは“生きている”の」 言葉にして、自分でもその真実味に少し驚く。 病んでいるのに。 弱っているのに。 たしかに少しずつ身体は遠ざかっていくのに、それでも前より“生きている”と感じる。 それはきっと、王都での時間がどれだけ生きている実感から遠かったかと

  • 余命半年なので家を出たら、冷徹公爵が全部捨てて追いかけてきました   第29話 消えない咳③

    「……花は」 少ししてヴィルレオが言う。「昨日より開いたな」「ええ」 リュゼリアはようやく外から視線を離し、薄く笑った。「白のほうが先にたくさん」「青はまだ小さい」「でも、根はついたみたい」 その会話のあいだは、咳も痛みも少しだけ遠い。花の話をしている間だけは、自分が病んでいることを忘れるわけではないが、それだけではなくなれる。 けれど、その穏やかさも長くは続かなかった。 次に喉へ上がってきた咳は、朝より深かった。「っ……、ごほ、……っ、げほ、ごほ……!」 胸が一気に引き絞られる。長椅子の縁を掴む指に力が入り、視界の端が白くなる。喉の奥が焼けるように痛み、息を吸おうとするたびにまた咳が返ってくる。前かがみになりかけたその瞬間、反射的にヴィルレオが立ち上がった気配がした。 手が伸びかける。 けれど、その手は途中で止まる。 その一拍のためらいが、今の二人のすべてみたいで、リュゼリアは咳の痛みの中でそれを感じた。 結局、先に動いたのはアイダだった。すぐに水を差し出し、呼吸が整うのを待つ。背へ触れる手つきも、かつての焦りを失っている。彼女はもう、リュゼリアの咳の波を知っている。 対してヴィルレオは、長椅子の脇で立ち尽くしていた。 彼の顔を見る余裕はなかった。だが、その沈黙の重さだけでわかる。何かしたいのに何もできない、そのぎこちなさが空気へ滲んでいる。 咳は長かった。 ようやく落ち着いた時には、胸の内側に刃物の跡みたいな痛みが残り、目尻にはまた涙が滲んでいた。リュゼリアはゆっくり息を整えながら、差し出された布で口元を拭う。赤いものはない。それだけは少し救いだった。「……大丈夫」 掠れた声でそう言うと、ヴィルレオが低く問う。「それを、毎日か」 その声には、驚きと、怒りに近い痛みと、どうしようもない無力が混ざっていた。 リュゼリアは少しだけ目を閉じる。「毎日、というわけではないわ」「だが、あるのだろう」「ええ」 隠しても仕方がないことだった。「朝に少し。夜に少し。……あと、こういうふうに時々」 ヴィルレオは何も言わない。 その沈黙が、まるで彼自身の呼吸まで止めているように感じられる。「前より、増えているのか」 やがて、低い声が落ちる。 リュゼリアは答えるまで少しだけ間を置いた。 嘘をつくことはできたかもし

더보기
좋은 소설을 무료로 찾아 읽어보세요
GoodNovel 앱에서 수많은 인기 소설을 무료로 즐기세요! 마음에 드는 작품을 다운로드하고, 언제 어디서나 편하게 읽을 수 있습니다
앱에서 작품을 무료로 읽어보세요
앱에서 읽으려면 QR 코드를 스캔하세요.
DMCA.com Protection Status